木下翔太はなぜ会社を辞めて因島へ行くことになったのか

因島航空写真 考えたこと

新卒カードをきって入社した最初の会社を2年間で辞めて、僕はなぜ因島に来たのか。もし興味がある方がいれば、読んでいってください。

2017年3月 気づく

会社に入って、1年が経過しようとしていたころ、僕はこんなことを考えていました。

このままこの会社にいても得られるものは少ないだろうな。長くてもあと1年だな。」と。

2016年4月にハウスメーカーの現場監督として就職した僕は、同年11月には自分の現場を持っていました。”現場監督”と聞くと、その現場の全てを仕切る人で、なかなか新人には務まらないだろうな、と考える人も多いと思います。僕も1年目の若造には難しいと思っていました。

しかし、僕がいた会社は建売がメインの「パワービルダー」とカテゴライズされる特殊な会社だったため、覚えるべき仕様などは他の受注生産のハウスメーカーの監督よりも少なかったのです。もちろん最初の方は失敗ばかりしていましたが、数棟こなしていくうちに要領が分かりました。要領が分かると、それ以上覚えることと言えばトラブルの対処法ぐらいです。トラブルの対処法なんてものは、何年続けていても「初めて起こるトラブル」があったりするので、今すぐ全部完璧にやるなんてことは難しいです。

そこで、就活前に思っていたことを思い出しました。

最初は大きい会社に入って、木造住宅の構造を理解し、現場を知る。次は中ぐらいの会社に入って、専門性を磨く。そして、ベンチャーに入って、スタートアップを勉強する。その後で独立する。」というビジョンをもって、就活をしていたことを。(なぜこんなビジョンをもったのかはまた時間があれば。)

もう一つ目の会社で学べることは学んだ。次に行こう。そんなことに気づいたのが2017年3月でした。

2017年4月 学び始める

でも、次の会社をどうやって決めよう。何の専門性を磨こうか…。そんなことを考えていると、いいことを思いつきました。

同じく愛知に大学の同期のF山君がいたので、彼に考えるのを手伝ってもらおう。F山君も僕と同じように、将来独立したいとか言ってたし…と。

そして、「木下F山会議」というのをはじめました。木下F山会議では、毎週日曜にコメダ珈琲のモーニングを食べながら、今週読んできた本の内容を教えあって、意見を出し合いました。自分が興味のあるビジネスの分野や社会問題についてなど、お互い違うジャンルの本を読んで紹介していましたが、それはそれで、自分が想像していなかった新たな視点を得られたりしました(まれに)。

読む本に迷って、オススメを友達に聞いて教えてもらって、印象に残っているのが堀江貴文さんの「ゼロ」です。当時の僕は、堀江さんのことを胡散臭く感じていて、本も読んではいなかったのですが、オススメされたから1冊ぐらいと思って読みました。すると、意外と共感できる部分も多く、面白いと思いました。その本の中で「ノリ良く動け」みたいなことが書いてあり、その本を読んだ後からはノリよく動くことにしています

 

会議をしていくなかで、僕は空き家問題に興味を持ちました。空き家の数は2013年時点で820万戸(別荘や賃貸の空き家も含む)あると言われています。これは年々増え続けるだろうと感じています。現に、現場監督として、毎日新築がいっぱい建っているのを見てきました。これは日本が抱える大きな問題であり、解決することで、社会に貢献できることだと思いました。

 

2017年6月 有田川町へ

本を読んでいくうちに空き家問題にはゲストハウスなどの解決策があると知りました。すると、大学時代のサークル(厳密にいうとサークルではないですが、便宜上サークルと書いています。)の先輩が和歌山県有田川町でゲストハウスを運営しておられるという話を聞いて、すぐに連絡をとって会いにいきました。

そしたら、有田川町はポートランドをお手本に町おこし的なことをしようと、住民が協力していました(ちょっと行ってちょっと話聞いたぐらいなので、事実かどうかはさておき、僕はそう感じました)。面白い30歳前後の方たちにも出会えて、きれいな山と川があって、隣の有田市まで行けば海があって、僕は有田川町が好きになりました。

 

2017年12月 退職を決意

有田川町で2018年4月から地域おこし協力隊を募集するということを聞いて、都合がいいので応募しようと思いました。地域おこし協力隊については、そんなに良い印象がありませんでしたし、ネットで調べてみても、地域おこし協力隊が自由に動けるかどうかは役所の人の考え方次第だということが書かれていたりして、不安要素がありました。でも、それを加味しても月16万円ぐらいの給料がもらえて、任期終了後には独立のための資金援助までしてもらるということに魅力を感じました。

もうそれに応募して、受かったら地域おこし協力隊になって、受からなくても何かしら仕事を見つけて有田川町に移住しようと考えていました。

そんな感じで、会社に退職願を出しました。今考えると結構適当な考えで動いているなと思います。笑

そのころ、ちょうど会社でめちゃくちゃ忙しい時期で気持ちに余裕がなかったというのもちょっとは影響しています。あと、他の建築系の会社から2件オファーがきていたのも、躊躇なく退職届を出せた理由の一つです。

 

2018年1月 方向転換

あれ、このままだと因島に行かないと思いましたか?ここで方向が変わります。笑

僕には恩師と呼べる方が1人だけいます。年明けそうそうにこれからのことを恩師に相談しました。そしたら、「地域おこし協力隊は、君には向いていない。もっと自由にやれる環境に身を置いたほうがいい。」と言われました。

そして因島のサークルの先輩のM松先輩のしていることを教えてもらいました。

「彼の考えは君に似ている。会ったほうがよい。せっかく会社を辞めて暇になるなら、もっと色んな人に会ってきなさい。今まで色んな縁があっただろう。」と。

それもそうだ。有田川町にすぐに移住しなくてもいいじゃないか。もっと色んなところを見てから決めよう。そうして、行先をいったん保留しました。

 

2018年3月 初めての因島

M松先輩に連絡をとり、2泊3日で因島へ。そこで株式会社プラスの社長、酒井さんと出会いました。M松先輩は株式会社プラスの唯一の社員でした。

酒井さんとお話して、この人から学びたい!と思いました。

 

2018年5月 因島へ

なんと、株式会社プラスで働かせていただけることになりました。これからいっぱい学んで、しばらく自分の将来について色々と考えたいと思います。

 

全ては行動

自分を変えようと会議を始めたことで本を読むようになり、本を読もうとオススメを聞いたことで良い習慣が身に付き、やりたいことを相談したことで人を紹介してもらえて、会いに行ったらその社長のすぐそばで働けることに。急に会社を辞めて島暮らしを始めたわけではなく、すべては自分を変えようと思い立ったあの日から始まり、つながっていました

現状に満足できず、何かに挑戦したい、でも不安だという方、まずは誰かに思いを伝えてみたらいいと思います。きっと協力してくれます。

そんな人は身の回りにいないというのなら、僕が因島で待ってますので。遠いかもしれんけど。笑

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